いまモリッシーを聴くということ(ブレイディみかこ)

  • 「けっして叶わぬ願いゆえの美しさ。友情でも恋愛でも家族関係でもいい。一緒になれば計り知れないほど素晴らしいものを、他の何物にも代えがたい時間や空間を作り出すことができる唯一無二の相手だとわかっていながら、そうはならない関係というのが世の中には存在する。」
  • 「世界とは大前提として残酷な場所だからである。そして残酷な場所に生きているからこそ人間は祈ることをやめられないのだ。」

 

 

「宣言しよう/生きるとは手に入れることで、与えることではない」(Still Ill)

 

「行きたければクラブがある/君をとても愛してくれる誰かと出会うかもしれない/だから君はクラブに行ってぽつんとそこに立ち/たったひとりで店を出て/家に帰って泣きながら/死にたいと思うんだ」(How Soon Is Now?)

 

「夢なんてずっと見ていない/僕のように生きていると/善良な男だって悪くなる/だからどうかお願いだから/一生に一度だけ/欲しいものを手に入れさせて」(Please,Please,Please,Let Me Get What I Want) 

 

「厄介なことになりそうだ/家全体を立て直さなきゃ/家の中の愛する人々はみな/じきに精神分析者のソファーに横たわる/神父がジョークをとばすと/いつものように部屋は無人」「すべての友につたえて/友はそんなにいないけと/ダロウ、スパイサー、ピンキー、キューピット/危険に飛びつき/徒労に終わる/パトリック・ドゥーナン 出番を待っていた/僕はまた疲れていたのさ/僕はまたやってみたのさ そして」「胸がいっぱいなんだ/胸がいっぱいなんだ/説明なんかできない/だからしようとも思わない」(Now My Heart Is Full)

 

  • 「彼を愛し、支持してきた英国の労働者階級が、いかに近年の英国でシステマティックに不要な者にされ、『アンダークラス』(既存の階級の「下」ということだ)『ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)』(ゴミという表現に「不要」の概念が端的に示されているのではないか)と呼ばれてきたか、彼は知っている。」
  • 「そして重要なことには、そこにいたのは自分自身だったかもしれないという感覚を、この人はいまでも切実に持っていると思う。」
  • 「移民が自分の仕事をしている様子を見れば排外したくなる人だっているし、」
  • 「社会の大半は、これを『バカ』『愚か』という言葉で整理して生きていける合理的な人々で形成されている。だが、詩人とは、こうした事態の不可避な流れに『もののあわれ』を感じて表現せずにはいられない人たちのことだ。」
  • モリッシー階級闘争の戦士でも社会運動家でも思想家でもない。超一流の詩人なのである。」

 

  • 「Tはまともな仕事に就いたことがなかった。若いころから失業保険や生活保護で暮らし、反引きこもりのようになっている間に太って心臓を患ったり、糖尿病にかかったり、腰を悪くしたりして障碍者手当を受けるようになった。」
  • 「そんなTは、虐め、カツアゲ、ゆすり、たかりなどのあらゆる暴力、掠奪行為のターゲットだったという。」
  • 「T。というのは急死したわたしの義兄のことである。」
  • 「義母が亡くなり、」「Tはひとり暮らしになった家の床の上に、ひっそり倒れて亡くなっていた。」
  • アイルランドの田舎の教会では、義母が亡くなった後と全く同じことが反復された。」「葬儀後にパブで行われた飲み会のメニューまで同じである。」「店内にやけに車いす盲導犬が目につき、障碍を持った女性たちがギネスを飲みながら談笑している。昔、義兄から金を巻き上げてた人たちかなと思ったが、」「『彼は私たちの良い友人だったのです。』と彼女たちは言った。」
  • 「突然、どんより沈んだ空気を切り裂くようなキラキラしたギター音が飛び込んできた。ザ・スミスだ。ディス・チャーミング・マン。こんな陽気なイントロの曲が、人里離れた丘の上で自転車がパンクなどという絶望的なシチュエーションで始まるという笑える矛盾。チャーミングなどという言葉から最も遠いところにいた人間が、逆説的にとてもチャーミングだったというやるせない矛盾。」
  • 「こんなポップな音楽を聴きながら、人は泣けるものなのだと思った。」
  • 「私たちは美しい矛盾の中を生きている。」