財政学の扉をひらく(高橋正幸・佐藤滋)

  • なぜ政府が財・サービスを提供するのか・・・「公共財の理論」・・・公共財とは政府の提供する財・サービスを意味・・・市場での値付けが適切な形で行われず、売り買いすることが困難な財・サービスに限って、政府が市場に代わって供給すべきだ
  • 私たちが財政を通じて公的に供給したほうが望ましいと判断しさえすれば、実はどんなものでも公共財になりえてしまう。・・・価値財
  • 日本では、公的教育支出の水準がきわめて低かったり、公的な住宅手当が十分な規模では存在してなかったり・・・低所得の労働者を支援するために・・・給付付き税額控除のような仕組みもない。これらは結果として、教育機会の不平等や貧困率の高さとなって現れているが、・・・何を公共財とするか・・・私たちが民主的な手続きを経て決めること
  • 人々の欲求を、生存あるいはより人間的な生活のために人々が集団的に求める「ニーズ」と、私的な生活の満足のために個々の人々が求める「欲望」とに区分した場合、財政の目的はニーズを無償で満たすことにあり、市場の目的は欲望を有償で満たすことにある。
  • 政府の支出と収入を定める予算を通じて、政府の活動に対して民主的な統制(コントロール)を図る・・・財政民主主義という。

 

  • 税の最も重要な特徴は、それが「強制性」と「無償性」・・・支払いに対して財やサービスの請求権がないという性質を、無償性と呼ぶ。
  • 成熟した民主主義国家では租税負担率が高い一方で、独裁国家や政治情勢が不安定な国では低くなっている・・・その背景には政府に対する信頼の程度が影響
  • 租税同委は政府への信頼だけでなく、社会にいる人々の間の信頼関係にも左右
  • 所得税・・・累進税率・・・利子・配当・譲渡所得には・・・15%・・・の分離課税・・・資産性の所得は、裕福な者に集中する傾向にある。そうした所得に対して所属税の最高税率よりもかなり低い税率が課されていることは、垂直的公平性の観点からたびたび問題視
  • 消費税・・・物税・・・低所得者ほど所得に占める税負担の割合が大きくなるという「逆進性」・・・消費税をなくしてしまうと、現役時に積み立てた所得を支出に充てて暮らす退職者は課税を免れる・・・現在のような少子高齢化が進展した時代においてはなおさら当てはまる・・・多くの税収を国庫にもたらすという利点・・・わずか1%の税率の引き上げで、2兆~3兆円程度の税収を得ることができる。
  • 日本の税負担は他国と比較してきわめて低い。・・・第2次世界大戦後一貫して減税対策を志向・・・所得税の減税→貯蓄の増大→企業による投資の拡大」という経路で経済成長が促され、それがより多くの税収を生み、さらなる減税を可能にするという好循環
  • 税=生活を貧しくするもの、と考えがち・・・財政の原理は「共同需要の共同充足」・・・ニーズを充足するための負担を、税という形で人々が分かち合っていることを意味している。負担の側面だけに着目してしまうと、人々の生活が公的にサポートされている点を見過ごすことになる。・・・負担は常に、給付と一体的に考える必要がある

 

  • 社会保障を不可欠の役割とする国家は、一般に福祉国家と呼ばれている。
  • 社会保険は、国民全員の強制加入を前提として、社会保険料をもとに運用される各種制度・・・疾病、介護、老齢、失業、業務災害などによる所得の中段・喪失に備えるための仕組みであり、日本では医療保険介護保険、年金保険、雇用保険労災保険が該当
  • 社会保険料・・・保険料負担と保険給付との間に(少なくとも部分的には)対価関係が存在している点が、税との違い・・・給付と負担とを関係づけているために、社会保険料の引き上げに対する同意を得やすいという特徴・・・日本では税負担がきわめて低いまま据え置かれたのにもかかわらず、社会保険料が急速に引き上げられた背景には、こうした社会保険の特質が関わっている
  • 社会保険料所得税とは異なって、所得再配分的な機能が弱い・・・不況が続くような局面では、社会保険料負担に耐えられない層が大量に出現
  • ヨーロッパ・・・社会保障財源の重点を社会保険料から税へと徐々に移行・・・低所得層には軽く、富裕層にはより重く負担をかけることができる。

 

  • 公債・・・歳出をどの程度、公債がまかなっているのか・・・公債依存度・・・2018年度・・・34.9%・・・公債を抜きに予算を組むことは不可能・・・第1に、日本の租税負担率が他国と比べて低いことが背景・・・第2に、歳出が一貫して増大・・・とくに1990年代以降
  • 財政法第4条第1項は、国の歳出は原則として公債や借入金以外の歳入をもってまかなうことを規定している。公債発行は同項の但し書により、例外的に認められているに過ぎない。これは、公債が最終的に税による償還(返済)が予定されており、あくまでも「税収の前取り」として位置付けられていることを意味・・・主として歳入を公債に依存する国家は、租税国家に対比して債務国家とも呼ばれる
  • 公債の購入が、人々の自発的な意思に委ねられている・・・増税を行う際には、何が公共財であるべきかについて社会的な合意を必要・・・国債の場合、増税に関わるこうした厄介さを回避することができるため、政府が国債発行を選択しようとする政治的な動機は十分にある。・・・他方で、公債の購入を強制できないということは、買い手が思うようにつかず、資金調達が十分にできない可能尾性があることも意味する。公債が信頼のおける投資対象として人々から認められていなければ、公債の価格が大きく下落することもありえないことではない。・・・財政法第5条・・・日銀引き受け)を禁止している。これは、日銀による制約のない公債購入→通貨流通量の大幅増→止めどもないインフレ、という形で経済を不安定にしてしまうおそれがあるためである。政府に慎重な財政運営が求められているのはこのため
  • 財政の硬直化・・・2017年度・・・国債費は・・・約23%
  • 公債費は債務不履行を選択しないかぎり、必ず支出しなければならない費目・・・義務的経費・・・予算を柔軟に編成することは困難
  • 公債残高を縮小させる政策は一般的に財政再建と呼ばれ、・・・プライマリーバランスの黒字化という目標
  • 財政破綻とは、「元利償還費の全部または一部の支払いが停止されたり、遅延されたりする状況」であり、いわゆる債務不履行のことを指す。
  • 日銀は現在、国債の大量保有を進めている。円をつくることができる日銀が国債の大量保有を進めているのであるから、返済資金が底をつくことがないという事実には変わりはない。・・・統合政府・・・財務状況を連結して把握・・・政府における借金=日銀における資産」となり、相互に打ち消しあう関係にあることがわかる。すなわち、日銀保有分の国債については、借金が返済できているのも同然という理解も成り立つ。したがって、統合政府ベースで考えると、自国通貨建ての借金については、返済を心配する必要がないという主張もありえる。
  • インフレが生じて貨幣価値が減少すれば、債務償還費は実質的な意味において目減り・・・国債に投資した者からみれば、債務不履行が生じていることと変わりがない。・・・1920年代におけるドイツ・・・インフレにより債務を償還した事例

 

 

  • 所得再配分とは、所得や富の分配の調整を行うという財政の役割のことで、その目的は人々のニーズの充足や経済的不平等の是正にある。・・・課税や給付(現金給付や対人社会サービス)を通じて、市場メカニズムがもたらす所得や富、あるいはニーズ充足手段の分配状況を再調整すること・・・教育や福祉サービスといった対人社会サービス(現物給付)の形での再分配も含まれる。
  • 経済成長→税収増→所得再分配の強化→中間層の拡大→需要拡大→生産拡大→経済成長
  • オイルショック・・・経済成長率の低下、失業率の上昇、物価の上昇・・・税収低下圧力と支出増加圧力に同時にさらされた・・・景気が悪化しているのに物価が高止まりする(スタグフレーション
  • 新自由主義(neoliberalism)の政策思想・・・社会保障支出や税負担の増加を経済成長の足かせとみなす立場・・・高い税や社会保険料によって、投資や労働の果実を企業(資本)や労働者の手から奪う。・・・企業や労働者が市場メカニズムのもとで投資や労働を最大化しようとする意欲を妨げる。・・・行政機構は市場競争にさらされないため、民間部門と比べて高コスト体質を有し、生産性が低い・・・福祉国家の発展は、・・・政治的な意思によるもの・・・特定の集団利益に影響・・・望ましくない財・サービスの配分・・・自由な消費者選択が作用しない・・・生産者(=政府)の利益が優先
  • 日本における経済成長・自己責任志向・・・公的な生活保障の軽視・・・自立・自助の意識・・・勤労の美化や自己責任の強調
  • 財政という私たちの「共同の財布」にどのようにお金を預け(税・社会保険料のあり方)、私たちの生活をどう支え合えば(社会保障、その他政策・制度のあり方)、持続可能な経済成長と所得再配分によるニーズの充足が可能となり、私たち皆が「生きるに値する」と思える社会をつくれるのか。それは私たちの選択の問題である。・・・この問いに真摯に向き合ってこなかった結果が、いま私たちの眼前に漂う閉塞感なのではなかろうか。
  • 経済成長や自己責任への執着を反省し、誰もがニーズを満たされ人間的な生活を保障されるための支え合いの財政、所得再分配のシステムを本気で模索すべき

 

  • 終身雇用・年功賃金・企業別組合の3つの柱からなる日本型雇用と呼ばれる雇用慣行が、日本人の生活の安定に大きく寄与してきた・・・失業率が高くなると、自殺率も高くなる・・・高い相関関係が認められ
  • 近年・・・失業状態になくとも不安定な生活を強いられる人々・・・働きながらも貧困状態にあるワーキングプア・・・1985年労働者派遣法・・・雇用形態の非正規化
  • 日本企業は・・・競争力維持のために生産性を改善するよりも、主に賃金の引き下げを行ってきた。・・・賃金の引き下げが人々の消費する力を弱め、経済全体を不況に陥れてしまう
  • 所得再分配政策・・・負い目の感情(「スティグマ」・・・所得税が戦後ほぼ一貫して減税基調・・・所得税の累進性は非常に弱くなってしまっている。・・・逆進性を持つ消費税が増税基調にあり、低所得層の負担が増大・・・日本の所得保障制度はきわめて脆弱であり、現役層の支えとなっていない。
  • ベーシックインカム
  • 負の所得税
  • 給付付き税額控除・・・所得控除を税額控除への置き換える。ただし、税額控除前の税額がゼロの世帯では・・・減税分として使いきれなかった税額控除・・・については現金を給付する。

 

  • 「税の負担は小さいが、自力で医療・介護・子育て・教育などの費用をまかなわねばならない自己責任社会」と、「税の負担は大きいが、それらの基礎的なニーズは必ず満たされる支え合いの社会」の、どちらを選択するかを決めること

 

  • かつて地方自治体の歳出の多くを占めていたのが公共事業であり、近年は対人社会サービスの歳出がそれに取って代わっている
  • 主に大都市部で生まれる経済成長の果実の一部を税収という形で吸い上げて、地方都市や農山漁村に公共事業補助金という形で再分配した。
  • 対人社会サービスの分野は、全国的に最低水準のサービス(ナショナルミニマム)を確保することに重きをおくべき状況にあった。

 

  • 欧州統合やグローバル化を推し進め、そこから恩恵を受ける人々を「エリート」として敵視し、「大衆」の利害を積極的に擁護しようとする。・・・ポピュリズム政党・・・反移民を掲げる政党は右派ポピュリズム政党・・・グローバル化の影響から自国民を保護するために福祉国家を支持する一方で、移民については受給権からの排除をもくろむ福祉排外主義と呼ばれる立場
  • グローバル公共財・・・環境の保全や知識の利活用・・・平和の維持、金融の安定化、貧困問題の解決など・・・グローバルタックス

 

  • 財政が私たちのニーズを満たすためには、財源が必要・・・強制性と無償性を特徴とする税の負担に人々が同意できる状況を作り出すのは、政府への信頼と社会的信頼(人々同士の信頼)である。しかし、日本ではまさにこれら2つの信頼が低い
  • 政府への信頼を損ねている一因が財政がニーズを適切に満たしていない現状にあり、人々同士の信頼の低さが自己責任意識の強さと密接に関係していることは、明らかであろう。政府にお金を委ねることも、他者のために自分のお金が使われることも嫌われる社会において、「共同の財布」は成立しようがない。私たちのニーズを満たすために、これまでより多くの財源が必要とされていく今後の日本において、これは重大な問題である
  • 増税によって公共サービスが充実し、より良くニーズが満たされていく」という経験の欠如・・・租税負担への同意を妨げている・・・増税=負担増=悪・・・負担と給付(受益)とを一体的に問う観点も、著しく弱められることとなった
  • ニーズを満たすという財政本来の使命が、財政赤字を改善するという目的に従属・・・増税を忌避するあまり、際限なき公債発行が可能であるかのような主張・・・その主張の当否が十分に明らかではない以上、財政運営には一定の節度が求められる。少なくとも生存そして人間的な生活の保障に直接関わる社会保障給付のような経費については、税で確実に財源を確保することが不可欠だと考えるべき